第1話:「あの人の本音が、知りたいの」
― タロット占い編 ―
「……やっぱり、既読のまま、返事ないや」
スマホを伏せた瞬間、沙耶香(さやか)はソファに深くもたれかかった。
見慣れたLINE画面には、昨夜送ったメッセージの吹き出しだけがぽつんと残り、既読マークの下で時間だけがじわじわと彼女の不安を広げていく。
—何か、悪いこと言っちゃったかな。
—もしかして、もう興味なくなった?
言葉にしない疑念が、胸の奥で渦を巻く。
付き合っていたわけじゃない。
でも、週に2、3回はLINEをして、たまに食事もしていた。
「また会おうね」の一言もあった。――けれど、それは一度も実現しなかった。
「都合のいい相手だったのかな」
自分でも驚くほど、声が小さく漏れた。
◆
そんなある日、沙耶香はインスタの広告で「電話タロット占い」の存在を知った。
「気になるあの人の気持ち、カードが教えます」
──まるで今の自分に向けられたかのようなコピーに、反射的にスクリーンショットを撮っていた。
夜、部屋の明かりを落とし、スマホを手にした。
指が震えるのは、タロット占いに緊張しているのか、それとも彼の気持ちを知るのが怖いからなのか。
「……お願いします」
占い師の声は、想像よりもずっとやわらかく、あたたかかった。
◆
「彼との関係について、知りたいのですね」
沙耶香が「はい」と答えると、相手はゆっくりとシャッフル音を響かせながら、こう続けた。
「彼の“今の気持ち”と、“未来の関係”をカードで見ていきますね。緊張しなくて大丈夫ですよ」
電話の向こうから、カードがめくられていく音がする。
「……彼の“現在の気持ち”を表すカードは、『隠者』の正位置です」
「隠者……?」
「ええ。『隠者』は、内省や沈黙を意味するカード。
彼は今、少し一人になりたい、または何か考え込んでいる状態にあるようです。あなたに対して怒りや拒絶ではなく、自分の中にこもってしまっている、そんな印象です」
沙耶香の心が、すこしだけほどけた。
「……嫌われたわけじゃないんですか?」
「少なくとも、カードからはそういう感情は出ていません。
ただ、“感情を整理したい”という気持ちは強いですね」
「未来のカードは、『運命の輪』の逆位置が出ています」
「逆位置……って、悪いんですか?」
「いえ、必ずしも悪いわけではありません。ただし、“タイミングが合わない”“歯車が噛み合っていない”という意味合いがあります。
このままでは、自然消滅の可能性が高いかもしれません」
心のどこかで覚悟していた言葉に、喉の奥が詰まる。
でも、目の前が真っ暗になるほどではなかった。
それよりも、彼の沈黙が「嫌いになったから」ではなかったことに、救われる気がした。
◆
「最後に、“沙耶香さんがとるべき行動”を見ましょうか」
「……はい、お願いします」
少しだけ前を向いて、答えた。
「……出ました。『カップのペイジ』の正位置です」
「それは、どんなカードですか?」
「“素直な気持ちを届ける”という意味のカードです。
彼の反応を恐れすぎずに、自分の気持ちをシンプルに伝えることが、未来を変える鍵になるかもしれません。
ただし、重くならない言葉でがポイントです。今の彼には、軽やかさや優しさが響きやすい時期ですよ」
◆
電話を切ったあと、沙耶香はしばらくじっとスマホを見つめていた。
画面には、数日前に既読になったままのメッセージ。
『最近忙しいのかな?また話せたらうれしいな☺️』
一文字一文字、占い師のアドバイスを思い出しながら、ゆっくりと入力していく。
『この間のカフェ、美味しかったね☕️
あの後、オススメしてくれた本読んでみたよ。今度、感想言わせて☺️』
送信ボタンを押すと、不思議と胸がすっとした。
答えをもらうためじゃない。ただ、“ちゃんと自分の気持ちを伝えた”という感覚が、少しだけ彼女を前に進ませていた。
✨編集後記:
タロットは、ただ未来を占う道具ではありません。
自分の気持ちと向き合うきっかけを与えてくれる鏡のような存在です。
もしあなたが、「本音を知りたい」と願うなら──
その想いごと、カードに預けてみてください。
