あれは、湿度98%、気温35度、心の余裕マイナス100%のある夏の日のこと。
私は部屋着という名のヨレたスウェット、髪は適当に団子、おまけにアイスを食べた直後という完全オフモードの姿で、ゴミ出しに出ただけだった。
たった3分の外出。なのに、そこで“彼”に出会ってしまった。
元彼。それも、私が唯一「本気で結婚を考えた人」。
別れた理由は、些細な価値観の違いだったけれど、実のところ、私はまだ引きずっていた。
「…あれ、久しぶり」
「…うん、超久しぶり」
気まずさ8割、未練2割、汗は100%。
スウェットのポケットからは、食べ終わったチョコモナカの袋。
恋愛映画なら、ヒロインは風になびくサラサラヘアと軽やかなワンピースで再会してるはずなのに、私はというと、「宅配の受け取り?」みたいなスタイルである。
でも、そこで私は気づいてしまった。
恋愛は、いつも完璧なタイミングでは訪れない。
むしろ、いちばん余裕のない時、誰にも見られたくない時に限ってやってくるものだ。
「今、付き合ってる人とかいるの?」
唐突に聞かれて、答えに詰まった。
本当はいた。けれど、「なんか違う」って心の中でずっと思ってる。
元彼の前でそれを言うのは負けた気がして、「うーん、まあね」と曖昧に笑った。
彼は「そっか」と言い、私の手に握られたアイスの袋を見てクスッと笑った。
「相変わらずチョコモナカ派なんだな」
…覚えてるのか、そんなこと。
記憶って不思議だ。
嬉しかったことより、なんてことない日常の会話の方が、案外忘れられなかったりする。
付き合ってた頃の彼は、アイスの中のチョコがしっかり詰まってるか、開ける前に振って確認してたっけ。
あのときは面倒くさいなって思ったけど、今思えば、それすら愛しかったのかもしれない。
帰り道、私は思った。
恋の再会って、必ずしもドラマチックじゃなくていい。
むしろ、うっかりスウェット姿のときに出くわすほうが、人間味があっていい。
私は完璧なヒロインじゃないし、恋も完璧じゃなかった。
でもそれでいい。
だって、人生でいちばん笑える恋って、大抵ちょっとしくじってて、ちょっと泣けて、やたらリアルなんだ。
たとえば、ゴミ出しの途中で運命が微笑むような、そんな夏の午後みたいに。