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マッチングアプリで出会っても、本音は“ドラマみたいな偶然”が欲しい

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スワイプ、スワイプ、またスワイプ。
右、左、たまに上。
マッチングアプリはまるで恋の自動販売機。
欲しい相手を選ぶのに、恋しさよりも指の動きの方が先に疲れる。

会う前にプロフィールを吟味して、
メッセージでは好きな映画や休日の過ごし方をすり合わせて、
「じゃあ来週の土曜に、お茶でもどうですか?」
恋がはじまるには、なんて効率的な時代になったのだろう。

でもふと、私は思ってしまう。
“こんな合理的なプロセスで、本当に恋に落ちるの?”と。

できれば、偶然が欲しかった。
たとえば、雨の日に本屋で手に取った同じ小説。
ぶつかった拍子に落としたスマホを、彼が拾ってくれる場面。
タクシーが捕まらない夜に、たまたま同じ方向だった彼と相乗りする流れ。

それって、映画の見すぎ?
ううん。私たちが欲しているのは、“偶然に導かれる奇跡”なんだと思う。

なぜなら、恋は「偶然」が連れてくる“必然”のような気がするから。
アプリの画面越しにはない、“物語”を、私たちは本能的に欲しがっている。

でも、現実はもっとシビア。
職場には恋の気配は皆無。
友達の紹介は、もう出尽くした。
道端のナンパは、もはや都市伝説レベル。

だから、私たちはアプリに手を伸ばす。
恋を始める“きっかけ”がそこにしかないことを、ちゃんとわかっているから。

それでも、会ってみて思う。
「なんで私、知らない人とこんなに頑張って笑ってるんだろう」って。

誰かの恋愛体験談でよく聞く、“最初は全然タイプじゃなかったけど…”
あれ、アプリでは意外と起きづらい。
なぜなら、最初からフィルターを通して“理想”でふるいにかけているから。

アプリでの出会いにドラマチックな展開を求めるのは、
きっと期待しすぎかもしれない。
でも、それでもやっぱり、心のどこかでは思ってしまう。
「運命みたいな出会いって、あるんじゃないか」って。

一度だけ、マッチングアプリで出会った彼と、
たまたま同じライブに行っていたことがあった。
会話の中で偶然気づいて、
「あのとき、あの場所にいたんだね!」って盛り上がった。
その瞬間だけ、私の中にほんの少し“運命の香り”がした。

恋に必要なのは、共通点でも、趣味の一致でもない。
“偶然の奇跡”がくれる、心のときめき。

だから、私は思う。
マッチングアプリを使っていても、
“奇跡を起こせる瞬間”って、ちゃんとある。

それは、誰かと会う勇気を出したとき。
プロフィールの文字の奥にある、“人間らしさ”を信じてみたとき。
効率や合理性の裏に隠れた、偶然を大切にできたとき。

たとえアプリで出会っても、
雨の帰り道に同じ傘に入ったら、
それはもう立派なドラマのワンシーン。

恋に落ちる理由なんて、あとづけでいい。
大切なのは、その瞬間に何を感じたか。
だから、今日も私はスワイプしながらこうつぶやく。

「今度こそ、何かが起こるかもしれない」って。

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