恋人と過ごす夜、ふとよぎる不安。
「この人は本当に私を愛しているの?」
あるいは――「私の気持ちって、本当に“愛”なの?」
恋愛は甘いはずなのに、気づけば“確認作業”の繰り返し。
どうして私たちは、愛情を誤解してしまうのでしょう?
🔹 1. 「愛されている=連絡がマメ」?
恋愛心理学では、人によって愛情表現が違うといいます。
・言葉で伝える「言語的な愛」
・スキンシップで伝える「身体的な愛」
・行動で示す「行為的な愛」
例えば、あなたが「毎日LINEが欲しいタイプ」で、彼が「黙って隣にいるのが愛」タイプなら…。
“愛情不足”に感じるのは自然なこと。
愛の“言語”が違うだけなのに、誤解が「不安」になってしまうのです。
🔹 2. 「ときめき=愛」じゃない
心理学的に言うと、恋のはじまりはドーパミンやアドレナリンのせい。
ドキドキする感情は脳内ホルモンの作用であり、それ自体は永遠に続かない。
なのに私たちは「最近ドキドキしない=愛が冷めた」と錯覚してしまう。
でも本当は、“安定して落ち着ける関係”に進化しただけかもしれないのです。
🔹 3. 「依存」を「愛」と勘違いする夜
会えないと不安。
返信がないと眠れない。
彼がいないと私には何もない――。
これは心理学的に「愛着不安」が作り出す“依存”。
依存は「愛している証拠」ではなく、「自分を保つために相手を必要としている状態」。
だから「苦しい愛」は、必ずしも“本物の愛”じゃないのです。
🔹 まとめ:愛は“解釈”の数だけ形がある
「本当に愛している?」という問いは、正解のない哲学みたいなもの。
ただ一つ確かなのは――
愛を疑うより、愛の形を“翻訳”しようとする方が、私たちを幸せにしてくれるということ。
もしかしたら愛は、“確認するもの”ではなく、“育てていくもの”なのかもしれません。