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相手のSNSばかり気になる私、恋してるの?監視してるの?

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スマホの画面をスワイプする指先が止まる。
彼のインスタのストーリーに、知らない女の子のタグ。
「○○ちゃんとごはん!」という文字と、にこやかな彼の顔。

たったそれだけの情報なのに、心臓が小さく跳ねて、
考えたくもない妄想が、勝手に頭を駆け巡る。

「これは、ただの友達?」
「この子、誰?」
「どうして私には何も言ってなかったの?」

問いかけの矢印は、彼ではなく、スマホの中の世界ばかりに向いている。
そして気づく。
私、今日一日、何度彼のSNSを見ただろう?
彼の“動き”を、好きで見ていたはずなのに、
今は“確認”しないと落ち着かない。

これって、恋? それとも監視?

恋をすると、相手のことを知りたくなる。
どんな人と仲がいいのか、どんな趣味があるのか、何に笑って、何に怒るのか。
でも、SNSは“リアル”よりも“加工された日常”だから、
見れば見るほど、よけいなことを知ってしまう。

しかも、見なきゃいいのに見てしまう。
毎朝のストーリー、フォロー欄、いいねの履歴。
全部、“自分が愛されてるかどうか”の判断材料にしてしまう。

SNSって、便利なようで、とても不自由な場所。
彼のことを知れる反面、“知らないままでよかったこと”まで見えてしまう。

たとえば、誰かの投稿にさりげなく付けられた彼の「いいね」。
たとえば、ふとしたコメントのやり取り。
それだけで、心がざわついてしまう私がいる。

でもそれは、本当に「彼が悪い」んじゃなくて、
“彼のすべてを把握していたい”という、私自身の不安の裏返しなのかもしれない。

昔の恋は、もっと“見えない”ものだった。
好きな人がどこで何をしているかなんて、知らなかったし、知れなかった。
でも今は、簡単に見える。すべてが透けて見える気がして、だからこそ苦しい。

見えなければ、信じるしかなかったのに。
今は、見えるからこそ、疑ってしまう。

そして、自分でも気づかないうちに、
“相手のことが好き”という気持ちよりも、
“相手に不安にさせられない自分でいたい”というプレッシャーが勝ってしまう。

「SNSばっかり見てるな」って、自分でも思う。
でもやめられない。だって、好きだから。
けど、その“好き”が、自分を苦しくさせているなら——
もしかしたら、少し距離を置くタイミングなのかもしれない。

SNSで見る彼が「本当の彼」じゃないように、
SNSを見ている私は「本当の私」じゃない。

好きな人を大切にするには、まず、自分を安心させてあげること。
スマホを置いて、深呼吸して、
“目の前の彼”との時間に、ちゃんと向き合う勇気を持つこと。

そして何より、彼の動向よりも、
“彼を想っているときの自分”を好きでいられるかどうか。
それが恋愛の、いちばん大事な指針になるんじゃないかと、
SNS疲れした夜に、私はそっと思うのです。

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