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「別れたあとも、SNSでつながる私たちの未練と未解決」

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──“ブロックするほどじゃないけど忘れられない”という関係性の正体


昔の失恋はもっと潔かった。
電話帳を削除して、写真を破り捨てて、あとは時間にすべてを委ねる。
心をスパッと切り替えて、失恋ソングを大音量で流せば、少しずつ痛みも遠のいていった。

ところが現代の失恋は、そんなに都合よくいかない。

なぜって?
元カレは“オンライン”のまま生きているから。

「ストーリー見てるんだ…」
「え、女の子と旅行行ってない?」
「“元気そうな投稿”してるけど、本当はどう思ってるの?」

そう、SNSという名の恋の亡霊たちは、日々タイムラインに現れる。
彼は何も言ってないのに、私の心だけがザワつく。
既読も未読もないくせに、視線は“彼の最新投稿”に釘付け。

ブロックするほど未練がましくなりたくない。
でも、ミュートするにはちょっと惜しい。
せめて“私の投稿”を彼が見てるかどうか、知りたい。

これって、現代版「元カレ中毒」ってやつかしら?

SNSが悪いわけじゃない。
でも、別れたはずの人と“ゆるくつながっていられる”時代は、
「本当の意味での失恋」を先延ばしにしてしまう。

たとえば、何気なくアップしたカフェの写真。
元カレが“いいね”をくれたら、それだけで一日が浮かれる。
「あれ?やっぱりまだ私のこと…?」なんて、ありもしない希望を胸に抱く。

でも、それは希望じゃなくて、幻想かもしれない。

彼が何を思って“いいね”したのかなんて、彼にしか分からない。
でも私たちは、1タップの“通知”に勝手な意味をつけてしまう。
…それって、傷口に絆創膏を貼りながら、毎日めくって確認してるようなもの。

私たちは本当に、元カレの近況を知りたいんじゃない。
たぶん、元カレが“まだ私のことを気にしてる”という事実に安心したいだけ。

じゃあ、どうしたらいい?
心の回復って、アプリのアップデートみたいに一瞬じゃ終わらない。

だから私は最近、“オンラインでの距離感”を整理することも、自分を癒すひとつの手段だと思ってる。
ミュートでも、ブロックでも、アーカイブでもいい。
大事なのは、“自分の心にとってちょうどいい距離”を選ぶこと。

見たくないものは見ない勇気。
見えないからこそ、忘れられる優しさ。
そのどちらも、失恋の回復には必要な選択肢。

もしそれでも、「忘れられない…」と夜な夜なスマホを開いてしまうなら、
その気持ちはもう、あなた一人で抱えなくてもいい。
恋の専門家に話してみると、不思議と頭の整理がついたり、次の一歩が見えてくることもある。

大丈夫。
SNSが教えてくれない“心の本音”は、ちゃんとあなたの中にある。

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