――ひとりじゃなかったけど、孤独だった。
そんな恋に、終わりが来た日の夜。私は“曖昧な色”のワインを選んだ。
初恋の彼と、長い年月を経て再会し、
交際が始まったのは三ヶ月前。
でもそれは、思い出の中の彼と付き合っていたようなものだった。
優しいけれど、近づくほど遠くなる。
笑っていても、いつも彼の目は、別の何かを見ていた。
今日、私は別れを告げた。
「あなたといると、過去に戻った気になる。でも、私は前を向きたい」
彼は「わかった」と静かに笑って去っていった。
その表情すら、昔のままだった。
私は「Noir」のカウンターに座り、マスターに小さく声をかける。
「今夜は、ちょっと変わったワインをください」
「……では、こちらを」
マスターが差し出したのは、黄金色に輝くワイン。
グラスの中で淡いオレンジが光る。
「ジョージアのクヴェヴリ製法によるオレンジワインです。
白ブドウを赤ワインのように皮ごと醸した、古代の知恵が詰まった一本」
🟠 オレンジワイン/品種:ルカツィテリ/産地:ジョージア(カヘティ地方)
8000年以上の歴史を誇る伝統製法で、素焼きの甕(クヴェヴリ)で醸される自然派ワイン。
紅茶のような渋みと、アプリコット、干し草、白胡椒のような風味。
飲むたびに変化し、心をほどいていく。
グラスを口に運ぶと、紅茶のような渋みと熟れたアプリコットの香り。
なんとも言えない不思議な味。
「曖昧な色なのに、味わいは芯が通ってる。
まるで……恋の後の自分みたい」
マスターが、微笑みながら答える。
「未練も、後悔も、未来も。このワインはぜんぶ受け止めてくれます」
グラスを傾けるうちに、胸の中のざわつきが少しずつ静まっていく。
別れはいつだって苦いけれど、
この苦味は、どこか心地いい。
「彼との恋は、たぶん、ずっと“思い出”だったんだろうな」
ぽつりとこぼすと、隣にいた見知らぬ女性がふっと笑った。
「オレンジワインって、思い出に似てますよね。甘くて、でもちゃんと苦い」
不思議な共感。初めて会ったはずなのに、言葉がすとんと落ちた。
別れのあと、前に進むには時間がかかる。
でも今夜、私は知った。
“曖昧”も、“渋み”も、自分の一部にしてしまえばいい。
そうすれば、恋は終わっても、人生の味は、深まっていくから。
あなたに似たオレンジ色のワインを、私はたぶん、これからも忘れない。
でも次に飲むときは、きっと、もう少し笑っていられると思う。