――もう二度と会うことはないと思っていた。
でもあの風が、あなたの名前を運んできた。
10月のはじめ、街路樹の色がほんのり紅くなり始めた頃。
会社帰りにふらりと立ち寄った駅ナカのカフェで、彼に再会した。
4年前に別れた元恋人。
理由は“価値観の違い”だったけれど、
本当はただ、どちらも疲れていただけだったのかもしれない。
「変わってないね」
「そっちは…少しだけ老けたかも」
「えっ、そこ笑うところ?」
会話はぎこちなく始まり、けれど1杯のコーヒーのあと、
自然と「また、今度ごはんでも」となった。
そして今夜、彼と「Noir」で再会することになった。
「この季節、好きだったよね。赤ワインが似合うからって」
そう言って彼が注文したのは、スペインの赤。
グラスを受け取りながら、私もふっと笑った。
そうだった、彼は“私の好み”をちゃんと覚えている人だった。
🍷 テンプラニーリョ/産地:スペイン・リオハ
熟したプラムやチェリー、バニラ、タバコの香り。
スパイスが効いた複雑な味わいで、熟成によってまろやかに変化する。
秋の深まりとともに似合う、大人の赤ワイン。
グラスの縁をなぞるようにして、私は彼を見つめた。
「4年経って、私たち、変われたのかな」
「うん。たぶん…傷つけ合うことを怖れないようになった、かも」
以前の私は、彼の一言に傷ついて、
彼は、私の沈黙に戸惑っていた。
お互いに“大人の恋”を求めながら、
中身はまだ、子どもみたいだったんだと思う。
「もう一度付き合う、っていうより、
今夜は“同じ時間を味わってみる”って感覚でいたいな」
彼のその言葉に、私は軽くうなずいた。
再会の恋は、前と同じには戻らない。
でも、前より“優しくなれる余白”がある。
あの頃できなかった思いやりも、
今日のワインがそっと教えてくれる気がした。
テンプラニーリョの余韻は、どこか懐かしくて深い。
まるで、ふたりの間に流れる“時間の味”だった。
「また、会ってくれる?」
「もちろん。今度は、ゆっくりね」
風が冷たくなってきた帰り道。
私の心には、不思議と“安心感”だけが残っていた。
🍂あとがき:テンプラニーリョは、“熟した想い”のワイン
若いころの恋は、勢いと不安の中で揺れるけれど、
時を経た関係には、深さとまろやかさがある。
テンプラニーリョのように、
熟成によって美しくなるものも、確かに存在する。
再会したあの人と、もう一度乾杯したくなった夜――
どうか、優しい時間が訪れますように。
