― 好きになってはいけなかった。それでも、どうしようもなく惹かれた。
その夜、私は彼の部屋にいた。
大人になってからの恋は、いつだって正しさと罪悪感がセットだった。
既婚者の彼とは、たった数ヶ月の関係。
それでも、本気で惹かれてしまったのは、私の方だった。
「もう、会えない方がいいと思う」
私がそう言うと、彼はただ黙ってワインの栓を抜いた。
グラスに注がれたのは、濃く深いルビー色。
開けたばかりのアマローネだった。
アマローネは、イタリア・ヴェネト州で造られる重厚な赤ワイン。
陰干ししたぶどうを使って造ることで、凝縮感のある甘みと深いコクが生まれる。
“王のワイン”とも呼ばれるその味わいは、
どこか危うく、抗えない魅力を持っている。
まるで、彼のようだった。
グラスを傾けるたびに香るのは、ブラックチェリー、レーズン、シナモン、チョコレート。
口に含むと、丸みのある果実味とわずかなビターさが、
複雑に絡み合っていく。
甘さのあとにくる苦み。
一瞬のやさしさのあとに残る罪悪感。
それらが渦を巻くように私の中で広がった。
私はこの恋を、ずっと“ないこと”にしてきた。
未来も、言い訳も、求めなかった。
ただ、会えるときに会って、
一緒に食事をして、ワインを飲んで、眠る。
それだけでよかった。
だけど、
“それだけ”でよかったと本当に思えていたのは、
最初のうちだけだった。
「今夜が、最後にしよう」
私の言葉に、彼はうなずいた。
グラスの中のアマローネは、
まるで永遠に終わらない夜のように、
深く、重く、私たちの沈黙を包みこんでいた。
どんなに美しい味でも、
正しくない恋は、最後に苦みだけを残していく。
それでも、
このアマローネのような濃厚な夜を、
私はきっと、どこかでまた思い出してしまうのだと思う。
“濃厚な記憶”に寄り添う一本
アマローネ・デッラ・ヴァルポリチェッラ(フルボディ・赤ワイン)
- 【産地】イタリア・ヴェネト州
- 【品種】コルヴィーナ、ロンディネッラ、モリナーラなど
- 【香り】レーズン、ドライチェリー、チョコレート、リコリス、シナモン
- 【味わい】濃厚な果実味/甘みと苦みが同居する複雑な味わい
- 【相性】熟成チーズ、ビーフシチュー、チョコレート、ナッツなどと好相性
陰干しされたぶどうの深い甘みと、
飲み応えある重厚さが、忘れがたい夜にぴったりの一本。
終わらせたい恋がある夜に
LOIN(ワインショップ ロワン)では、
気持ちに寄り添う一本を、丁寧に選ぶことができます。
強く惹かれた人との記憶を、
ワインという形でそっと心に閉じ込めてみるのも、ひとつの癒しです。
