それは、8月最初の金曜日の夜のこと。
かき氷のシロップみたいなピンクの空と、Tシャツから覗くうなじに、
「この夏も始まったな」って思ってた。
エアコンの効いた部屋で、私は無意識にアプリを開いた。
右にスワイプ、左にスワイプ、そしてまた右。
気づけば“マッチング”の文字が画面に浮かんでいた。
──真夏って、恋を始めるには妙にちょうどいい。
理由はシンプル。
開放的な服、どこか気持ちがゆるんだ街の空気、
そして、なにより“ひとりで過ごす夜”が、妙に寂しく感じる季節だから。
「今年こそ、夏の恋を楽しみたい」
そんな想いが背中を押して、
花火大会、水族館、ビアガーデン──
次々とデートの予定を入れていく。
だけど。
その熱がすぐに“蒸発”してしまうのもまた、真夏の恋の特徴。
やりとりのテンポが落ちてくる。
次の約束がなかなか決まらない。
突然の「仕事が忙しくて…」。
気がつけば、あれほど高まっていた気持ちは、まるで打ち水のように静かに消えている。
夏の恋って、アイスコーヒーみたい。
キンキンに冷えてて、最初の一口は最高なのに、
時間が経つと氷が溶けて、なんだか薄くなってしまう。
でも、それって本当に“冷めた”ってこと?
それとも──
最初から“熱すぎただけ”なのかもしれない。
マッチングアプリで知り合った彼・シュンは、
会ったその日から「かわいいね」「またすぐ会いたい」って連発してた。
でも私は、その“温度”にどこか違和感を覚えていた。
思えば、熱しやすい恋は、冷まし方を知らない。
お互いのことを知る前に温度だけが先走ると、
やがてどちらかが「こんなはずじゃなかった」と思う。
それは、火を通しすぎた目玉焼きみたいに、ちょっと固くてパサついた後味を残す。
恋って、本当は“湯煎”くらいがちょうどいい。
じわじわ温まって、芯まであたたかくなるような。
でも、夏の空気がそうさせるのか、
私たちはつい、“強火”で恋を始めたくなるのよね。
そして焦がして、また一人きりの夜に戻る。
それでも──
私は夏の恋が嫌いじゃない。
なぜなら、その“短命な熱”が、何かを気づかせてくれるから。
自分がどんな恋にときめくのか。
どういう距離感に心が疲れるのか。
そして、どんな時に「もういいや」と思ってしまうのか。
それらを知るのは、秋の恋をちゃんと育てるためのレッスンなのかもしれない。
だから、今年もまたスワイプしてる私がいる。
冷めてもいい、焦げてもいい。
その瞬間に“ちゃんと燃えられる恋”なら、無駄じゃないって思いたい。
そう、恋も、夏も、
「持たないこと」を前提に楽しむからこそ、
忘れられないものになるのかもしれない。