「私たちって、何なんだろうね」
そう聞けたら、どれだけ楽だっただろう。
でも、それを口にした瞬間、すべてが終わってしまいそうで、
私は今日も、何も聞かずに彼の部屋を出た。
麻美（あさみ）、33歳。
広告代理店で働きながら、週末は彼・圭吾（けいご）の部屋で過ごす日々。
付き合ってはいない。けど、キスもするし、手もつなぐ。
誕生日にはプレゼントをくれて、落ち込んでるときは電話もくれる。
でも、「彼女」じゃない。
私のSNSには彼の影は一切なくて、
彼もまた、私の存在をどこにも示さない。
——それでも、私は、彼が好きだった。
ある日、職場の後輩が何気なく言った。
「曖昧な関係って、自分の価値を下げるだけっすよ。
ちゃんと付き合えない男は、やめた方がいいっす」
その言葉に、私は笑って頷いたけど、
心の奥で何かが崩れる音がした。
「でも、やめられないんだよ」
圭吾のベッドで眠るとき、
胸に腕を回されて抱きしめられるとき、
私はちゃんと“愛されてる気がする”から。
でも、LINEの返信が1日来ないだけで、
その温もりすら幻だったんじゃないかと思えてしまう。
そんな夜。
なんとなく開いたスマホの広告に目が止まった。
「恋愛の答え合わせ、誰かにしてもらいたくないですか？」
電話占い。
少し前の私なら、絶対にスルーしていた言葉。
でも、そのときの私は、
“彼を好きな自分”すら信じられなくなっていた。
電話をかけたのは、夜11時すぎ。
女性の声が静かに語りかける。
「こんばんは。彩凛（さいりん）と申します。今日は、どんなことでお悩みですか？」
私は、ぽつりぽつりと語った。
彼との出会い、今の関係、
「付き合おう」と言われたことは一度もないこと。
「でも、一緒にいると安心するし、離れたくないんです。
……これって、私だけがそう思ってるんでしょうか？」
占い師は、カードを切る音のあと、しばらく沈黙し、
そして優しく言った。
「彼はあなたに甘えています。
そして、あなたが“去らない”と信じている。
関係が崩れないなら、このままがいい、と思っているようです」
「……じゃあ、私のこと、どうでもいいってことですか？」
「いいえ、違います。
彼は“恋愛”より“安心”を求めているの。
だから今の関係を変えることが怖いのです。
でも、それはあなたの気持ちと“釣り合い”がとれていませんね」
その瞬間、心の奥に溜まっていたものが、
涙になって溢れた。
「あなたが“本当に欲しいもの”を見つめるタイミングが来ています。
名前のない関係のままでは、
あなた自身が“自分を見失ってしまう”」
電話を切ったあと、
私は静かに深呼吸をした。
自分が何に一番苦しんでいたのかが、
ようやく言葉になった。
“好きな人と曖昧な関係にいること”じゃない。
“その関係に、言葉を与える勇気がなかった自分”に、
私は一番傷ついていたのだ。
それから数日後、私は圭吾にこう伝えた。
「ねえ、私たちって、何？」
彼は驚いた顔をしていた。
でも私は、はっきりと目を見て続けた。
「私は、あなたとちゃんと付き合いたい。
そうじゃないなら、もうこの関係は終わりにしたい」
彼は黙って、しばらく何も言わなかった。
そして、静かに言った。
「……わかった。じゃあ、終わりにしよう」
その夜、私は泣いた。思いきり泣いた。
でも、悲しさのあとにやってきたのは、
不思議なほどの“軽さ”だった。
“あのままの関係”に戻らないで済んだことに、
どこかホッとしている自分がいた。
私たちは、名前のない関係にすがりついてしまうことがある。
それは、恋よりも“寂しさ”に支配された時間だったのかもしれない。
でも、あの夜。
声だけの誰かが、
私の気持ちをそっとすくい上げてくれた。
自分を見つめ直すために、
誰かの言葉が必要なときがある。
それが“占い”であることも、
決して悪くなんてない。
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