彼の声、もう一度。
「…この声、聞き覚えありませんか?」
あの電話占いから3日後。
私はもう一度、占い師「凪(なぎ)」先生に予約を入れた。
初回の“たった一言”が、私の心をざわつかせたからだ。
「声でつながりたいって、どういう意味だったんですか?」
そう尋ねた私に、凪先生はふんわりとしたトーンで答えた。
「“今も届く方法”でしか、彼はあなたに近づけないのかもしれません。
その人が本当に話したかったこと、あなたが聞けなかったこと。
電話相談を通じて、それに気づく人、実は少なくないんですよ。」
私はその夜、思い出すようにスマホのボイスメモを開いた。
数年前、彼が“何かに使って”と録音してくれた声。
ナレーションの仕事で必要だった、優しく整った彼の声。
そして、再生ボタンを押した。
“声の記憶”が、未来をひらく
「……雨の日って、きらいじゃないんです。
濡れた花の香りが、いちばん本音っぽい気がして。」
その声に触れた瞬間、私は涙が止まらなかった。
“聞き覚えがある”どころではない。
あの声は私の中にずっと、棘のように残っていたのだ。
ふと、あることを思い出した。
彼がいなくなる直前、「ちょっとだけ店、手伝ってくれませんか」と言って、
一緒に花を包む作業をした日があった。
あの時、彼は新しいブランド名を呟いた。
「memorif(メモリフ)。記憶に咲く花って、どう思います?」
そして、記憶は傘になった
凪先生の言葉を胸に、私は「memorif」という名前でネットを検索した。
すると──
出てきたのは、ある傘ブランドとのコラボ商品。
その中にあったのは、まさに彼が愛していた“透明な紫の花”をデザインに落とし込んだ、繊細なビニール傘。
【memorif. 花びらき 55cm】
見たことのない植物の美しさを傘に。
葉脈や花弁の重なりが美しく透けるそのビジュアルは、まさに彼が見せたかった「本当の花」だった。
そして、傘の構造に「花ひらき構造」という名前がついていた。
それは、彼がよく話していた「植物の力で風を受け流す」…まるで、彼そのもののようだった。

声は、今も届く
電話相談の最後、私は凪先生に聞いた。
「彼に、もう一度会えると思いますか?」
先生は静かに言った。
「あなたが“声”を辿って歩いていけば、会えると思います。
姿じゃなくても、“あなたの世界”にはきっと、また咲きますよ。」
涙が頬をつたう頃、通知音が鳴った。
差出人不明の番号から、たった一言のメッセージ。
「声が届いていたなら、それでいい。」
その文末に、小さな傘の絵文字が添えられていた。
続く物語…
彼の本当の想いは、傘のなかに、声のなかに、そして私の記憶のなかに咲いていた。
次回最終話、
③:「傘の下で、咲いた約束。」
