もう終わった恋なのに…
深夜2時。灯りを落とした部屋の中で、千尋（ちひろ）はぼんやり天井を見つめていた。
「また……夢に出てきた」
元彼──和馬（かずま）の顔が、寝起きの脳裏にはっきりと残っていた。
優しい笑顔。
何気なく手を握ってくれたあの感触。
「またな」と言って別れた、最後の後ろ姿。
「もう会ってないのに、なんで？」
目覚めるたびに、千尋の心は乱れる。
忘れたくて、前を向きたくて、スマホの連絡先も消した。
共通の友人との距離も置いた。
SNSも見ていない。
それなのに、夢の中でだけ、和馬は変わらず笑っている。
「夢に出るのは、潜在意識のメッセージ」──占い師の言葉
「彼のこと、もう忘れたはずなんです。でも、どうしても夢に出てきて……」
千尋は、電話占いの占い師・響乃（ひびきの）先生に相談した。
穏やかな声が、受話器の向こうから届く。
「夢に出てくるのはね、あなたの“心の奥”がまだ彼を完全には手放していないからですよ」
「え……でも、私は前に進みたいって思っていて……」
「思考では“前に進む”と決めていても、魂の奥にある感情はまた別。
あなたの無意識が、彼との繋がりをまだ大切に持っている。
夢はその“最後の想い”を知らせているんです」
「じゃあ、夢に出てくるのって、悪いことじゃないんですか？」
「いいえ。むしろそれは、“本当に手放す準備が整いつつある”サインでもあるんですよ」
“見る夢”が変わるとき、心も変わる
響乃先生は、千尋の過去と未来のエネルギーをリーディングしながら続けた。
「千尋さん、最近見た夢の内容、少しずつ変わってきていませんか？」
「……言われてみれば。
前は、和馬と一緒に笑ってる夢が多かったけど、
ここ最近は、和馬が黙って去っていく夢を見ることが増えてます」
「それがまさに、心の手放しが始まっている証です。
夢は心の“クリーニング”。見るたびに少しずつ、彼を自分の中から送り出しているんですよ」
その言葉に、千尋は少しだけ安心した。
夢を見るたび、心が乱れるのではなく。
夢を見るたびに、自分の心が整っているのだとしたら──
もう少し、この感情とも向き合ってみてもいいと思えた。
忘れること＝なかったこと、じゃない
「でも……もし完全に忘れてしまったら、あの恋が“なかったこと”になる気がして……」
「それは違いますよ。
忘れるって、“なかったことにする”ことじゃありません。
“もう苦しまなくてもいい状態”になることです」
「……苦しまなくても、いい状態」
「思い出しても、もう涙が出ない。
誰かの話に彼が重なっても、動揺しない。
その境地に立ったとき、本当に“その恋を愛していた”って言えるんです」
そうかもしれない、と千尋は思った。
“忘れる”という言葉の中に、“切り捨てる”という感情があると思っていた。
でも本当は、“許す”“感謝する”“次に進む”という優しい意味だったのかもしれない。
占いは、忘れる勇気をくれる
「夢に出てくる彼に、私は何を伝えたらいいですか？」
「もし、夢の中で彼に会えたら──
“ありがとう”と“さようなら”を伝えてください」
「さようなら……？」
「そう。その言葉は“終わり”じゃなく、“一区切り”を意味します。
あなたの中で彼を見送る準備が整えば、自然と夢には出てこなくなります。
そして、新しい恋のスペースが心に生まれるんです」
響乃先生の声は、とてもあたたかかった。
「占いは、未来を当てるものじゃありません。
あなたが“今”をどう癒すか、“明日”をどう歩くかをサポートするものなんです」
あの夢の向こうに、もう一人の私がいた
数週間後。千尋はまた、夢を見た。
和馬が笑って手を振っている。
でも、千尋はその背中を追わなかった。
ただ静かに微笑んで、心の中でこう呟いた。
「ありがとう。楽しかったよ。
もう、私は大丈夫。行くね──」
目覚めた時、涙は出なかった。
代わりに、ベッドの中で小さく笑えた。
忘れたい人が夢に出てくるあなたへ
・夢は“潜在意識の声”。まだ整理しきれていない感情を映している
・忘れることは“感情の否定”ではなく、“心の整理”
・夢の変化は、心の変化のサイン
・占いは“自分を癒す”ヒントを与えてくれる場所
過去の恋を忘れることは、決して弱さではない。
それは、愛した記憶をきちんと心にたたんで、
新しい未来に向けて一歩踏み出す“勇気”の証。
夢の中で何度も出会った彼は、
本当はあなたの“心の声”だったのかもしれない。
